ギャンブル依存症の末路|借金してもパチンコに行きたい男の症状とは!?

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しばしば問題になる
「ギャンブル依存」や
「パチンコ依存」。

この記事は、
パチンコに取りつかれた男と
パチンコ依存症を
克服させようとした女。

そんな2人の7年間に及ぶ
壮大なドキュメントである。

ギャンブル依存症に
治し方はあるのか。

重度のパチンコ依存症の
症状とは、どんなものか。

その末路は!?

もし、身近な人のギャンブル依存で
苦しんでいるなら
ぜひ読んでください。

パチンコ依存症の男との出会い。そして同棲

ギャンブル依存症

私は17歳から24歳まで
パチンコ依存症の男とつきあっていた。

かなりの黒歴史である。

普通の高校に通っていた私。

25年前、ギャルという言葉も
まだ誕生していないころ、
田舎でモテる男といえば

「ヤンキー」だった。

私もそんな例外に漏れず、
ヤンキーな男に惚れていた。

それが、最高級パチンコ依存症の
敏行(仮)。年は同級生の18歳。

自分の学校にはいない
ヤンキーな感じで、
でもダンスとか上手で。

 

ただ、パチンコ依存症だとは
全く知らぬままだった。

 

 

同棲を始めてみて気づいた、パチンコ依存の症状。

私たちは20歳になったころから
同棲生活を始めた。

 

私と敏行(仮)が
同棲生活を始めて
最初の日曜日。

 

初めて2人の休みが
あうこともあって
私は数日前から
とっても楽しみに
していました。

朝食を作ろうとしていた私に
敏行(仮)が言いました。

 

ー敏行(仮)
「今日は、朝ごはん
 作らなくていいよ。

 休みだからゆっくりしようよ。

 俺が朝ごはん、
 何か買ってくるから。」

 

ー私
「ありがとう!

 せっかくだから
 買い物、一緒に行こうか?」

 

ー敏行(仮)
「大丈夫。

 一人で行ってくるから
 ゆっくりしてて。」

 

と言って、私ををねぎらい、
敏行(仮)は一人で
買い物に出かけて行きました。

それから…。

1時間経ち
2時間経ち
3時間経ち。

朝ごはんを買ってくるだけなのに
全然返ってきません。

とうとう夕方の4時。

既に7時間が経過している。

ただ、当時はスマホもない時代。

ま、あっても絶対電話に出ないだろうけど。
((((oノ´3`)ノ

虫の知らせか直感か。

そう言えば時々
敏行(仮)はパチンコの話をしていた。

「まさか…。パチンコ?」

そう思ったけど、
どうやって探せばいい?

パチンコ屋をあたるしかない。

幸いにも敏行(仮)は
徒歩で出かけている。

歩いて行ける範囲にある
パチンコ屋を
探してみることにした。

彼女をあざむき、ひたすらスロットをうつ

あっさり、敏行(仮)は
みつかった。

探し始めてわずか
3件目のパチンコ店で
一心不乱に
スロットを打っていた。

ー私
「敏行(仮)、何してんの」

話しかけると
敏行(仮)は、まるで
お化けでも見るような顔で
私を見た。

 

お詫びの言葉なんか
一言もないまま、こう言った。

 

ー敏行(仮)
「今すぐにやめる。
 先に駐車場で待ってて。」

 

「わかった」と言って
私は駐車場に出て
待つことにした。

が・・・

敏行(仮)が、ゲスなまでの
パチンコ依存症っぷりの
本領を発揮するのは
実は、ここからだったのだ!

またもや、敏行(仮)は来ない。

10分待ち、
20分待ち、
30分待ち。。。

まだスロットやめてないのかな。

と思って、私は
パチンコ店の中に戻ってみた。

先ほどまで座っていた
スロットのところに
敏行(仮)は、いなかった。

 

パチンコ屋の中の
どこを探しても
さっきまでいたはずの
敏行(仮)の姿が見当たらない。

トイレの前で待ってみたり、
いろいろしているうちに
1時間が経ってしまった。

途方に暮れて、私は

「まさか・・」と思いながら
改めて別のパチンコ屋に行ってみた。

 

2件目のパチンコ屋に…

敏行(仮)はいた。

なんと私一人を駐車場に残し、
こっそり別のパチンコ屋に移動し、
新たにスロットを
打っていたのだ。

すごいゲスっぷりである。

ここで別れなかった私も
かなり頭がおかしかった。

今度は、外で待っとけと言われても
信じられない。

スロットをやめるまで
敏行(仮)の側にいて
家まで連れて帰った。

 

敏行(仮)の言い訳は…。

「朝ごはんを買いに行ったら
 先輩に出会って
 無理やりパチンコに
 連れていかれた。」

だった。

どう考えてもウソである。

 

ついには会社を無断欠勤。そして失踪。

それからも敏行(仮)のウソは続いた。

休みの日になると

「妹を映画に連れて行ってやる。」
「ゴルフを始めることにした。」

などなど、いろんな理由をつけては
こっそりパチンコに行っていた。

 

そして、ついに敏行(仮)は
仕事を無断欠勤した。

会社にいったはずなのに
敏行(仮)の上司から
「今日は、出社してないけど?」

と自宅に電話があったのだ。

わけわからない。

仕事を無断欠勤するって
普通に考えたら
いい大人がすることではない。

それから1週間。

敏行(仮)は帰ってこなかった。

 

そのまま敏行(仮)は
会社をクビになった。

敏行(仮)が帰ってきた時
反省した感じもないまま

「仕事に悩みがあって…。
 1人になって、いろいろ考えたかった。」

と言った。

今思えば、失踪していた期間も
パチンコをしていたのだ。

 

パチンコ依存が恐ろしいルーティーンを生み出す

この行動パターンは、
敏行(仮)の見事なまでの
ルーティーンとなった。

①無職だとお金がないのでとりあえず働く。
   ☟
②2~3か月働くとパチンコしたい病が発病。
 ☟
③お給料(10万くらい)のお金をもって家に帰ってこなくなる。
 ☟
④1~2週間、失踪する。(パチンコ行脚)
 ☟
⑤仕事をクビになる
 ☟
⑥パチンコに負けてお金がなくなる。
 ☟
⑦家に帰ってくる
 ☟
①に戻る。

 

パチンコ依存症というか
半分、私のヒモである。

もっと正確に言えば、
「お金がなくなっても帰ってこない」

のだ。

手持ちの現金がなくなれば
カードローンでの
キャッシングをする。

そして種銭を作り
またパチンコに励む。

そして、借りたお金すら
なくなったところで
ようやく帰ってくるのだ。

だから、1~2週間
生き延びているのである。

 

ゲスなパチンコ依存症男の実話

ギャンブル依存症

最高級のパチンコ依存症が
繰り返す
恐ろしいルーティン。

このルーティーンの中で、
印象深い事件があります。

その事件を紹介すると…

追いかけてきて財布を奪い去る

仕事に行く前、
パチンコに行くと困るので
お金を渡さずに私は出勤した。

 

私が歩いて通勤していたところ、
後ろから敏行(仮)が走ってきて
財布を奪って帰って行った。

追いかけると遅刻してしまうので
泣く泣く見逃した。

そのまま1週間、姿をくらます。

 

遠出先でも失踪する

デートで隣の県まで遠出をしたとき。

帰宅しようとして
駐車場から車を出すとき
ちょっと目を離したら
いなくなった。

ここから2週間、失踪。

 

 

彼のパチンコ依存症を治すために、素人なりに頑張る

パチンコをしないと
死んでしまうようなゲスな男、
別れてしまえばいいのに
私は、何とか敏行(仮)を
立ち直らせようとした。

ただ、パチンコ依存症って
治らない病気では!?

と思うようになっていた。

だって、仕事も投げ出し。
遠出した先でいなくなり。
パチンコの種銭を求めて
私の仕事まで邪魔をする。

正気の沙汰ではない。

ギャンブル依存症についての
知識もない。

 

パチンコ以外のギャンブルにはまることはあるのか。

私も無知ゆえに

「ギャンブルはギャンブルで制する」

と不思議なスローガンをかかげて
敏行(仮)に競艇を進めてみた。

近くに競艇場があったから。

ええ。。。アホです、私。
(;´∀`)

なぜそう思ったかというと
パチンコのように
長時間のギャンブルにはならない。

と思ったのだ。

そうすれは、せめて
仕事を無断欠勤するような
ことだけは、なくなるかも。

この作戦、一時は成功したように見えた。

が・・見えただけだった。

結局、敏行(仮)は
競艇が終わったら
パチンコに行ってしまうのだ。

競艇で勝てば尚更。

 

という事で、競艇には
私も同行するようにした。

すると、敏行(仮)は
競艇場の駐車場から姿を消し

また、恒例の1~2週間の
行方不明期間に突入した。

また、仕事もクビである。

 

 

パチンコ依存症とギャンブル依存症の違い

ここで私は、
パチンコ依存症について
ある重要なことに気がついた。

「ギャンブル依存症」と
「パチンコ依存症」とは
似ているようで似ていない。

全く別物なのだ。

敏行(仮)はパチンコ依存症である。

ギャンブルが好きなのではない。
パチンコ、正確に言うと
スロット依存症なのだ。

 

パチンコ店の雰囲気、
スロットのパターン、
パチンコのリーチ。

そんなものを楽しんで
常連たちと一緒に

あの店はどーだとか
あの台はどーだとか
新台入れ替えはいつだとか
そんな話をするのが快楽なのだ。

パチンコに勝つ、負けるだけが
全てなのではない。

スロットの絵柄から
常連との会話まで
全て含めた壮大なる「パチンコ」
というものにはまり、
人生をささげているのだ。

 

だから、他のギャンブルが
パチンコの代わりになることはない。

ひたすら、パチンコ&スロットなのである。

敏行(仮)は、パチンコ依存症だから
もし、日本にカジノが出来ても
カジノにはいかないだろう。

敏行(仮)のパチンコ依存症とは
パチンコ、スロットに
人生をささげた事。

パチンコ意外のものは
敏行(仮)の人生にとって
重要ではないのである。

まるで、アスリートが
スポーツに夢中になるように、

ビジネスマンが
ビジネスにやりがいを感じるように、

敏行(仮)はパチンコの夢中になり
パチンコにやりがいを感じ
パチンコに全てをささげられる。

パチンコをしている時が
敏行(仮)にとって
「生きている」と
実感するときなのだ。

 

生きがいだからこそ
パチンコをするときに
生き生きとして最も目が輝くのだ。

 

パチンコ依存症からパチンコは奪えなかった。

私は、敏行(仮)から
パチンコを奪う事を辞めた。

反対もしなくなった。

とにかく避けたいのは
行方不明になることだけだった。

家にさえいてくれたらいい。

こう考えていた当時の私は
脳みそがスカスカだったと思う。

 

 

パチンコ依存を治すことをやめ、一緒にハマる道を行く

パチンコ依存症

そして、私は敏行(仮)と一緒に
パチンコを始めることにした。

そしたら、デートは
パチンコにすればいい。

ようやく、共通の趣味が出来る。

敏行(仮)はまるで
ワイドショーのコメンテーターのように
私にパチンコを語り、
テクニックや秘儀を教え始めた。

作戦は成功。

それ以来、敏行(仮)は
家出をすることは、なくなった。

ついに敏行(仮)は、
数か月すら働かなくなった。

パチンコ依存という名の
完全なプロの誕生である。

運にも恵まれたのか、
敏行(仮)のパチンコでの稼ぎは
生活費としても十分だった。

私は、こんな生活を
7年間も続けたのである。

まさに言えない黒歴史。

しかし・・・こんな生活が
突然終を告げる。

私は、仕事で転勤になり
敏行(仮)との同棲生活は
強制的に解消。

そのまま、私と敏行(仮)の関係も
終っていった。

 

ついに私本人がパチンコ依存症に襲われた。

私はこのあと、
パチンコ依存症の恐ろしさを
更に知ることになる。

私は、敏行(仮)と別れたのに
パチンコがやめられなくなっていた。

敏行(仮)のように
仕事をさぼってまで
パチンコをすることはなかったが、

「休日になれば、パチンコ店で1日過ごす」
みたいな期間は、
その後12年間も続いたのだ。

けっこうはまっていたと思う。

 

パチンコ依存症は、治るのか。

私は、パチンコを辞めることが出来た。

もうかれこれ8年行っていないし
これから行く気もしない。

時間もお金ももったいない
と思ってしまう。

私がきっぱりやめられたのには
2つの理由がある。

ひとつは、勤務していた会社が
超ブラック企業で、
会社の業績が悪くなると同時に
休日が全然取れないほど
働かされるようになったこと。

「行かなくなった」のではない。

「行けなくなった」のである。

当時の私を含めた
パチンコ依存症の人にとって、

「お金がない」というのは
パチンコをやめる
理由にならない。

 

だからこそ、借金をしてまで
行く人がいるのだ。

どうしても依存症を治すのなら
「パチンコに行く時間がない」

という状況を作る。

 

ただ、これは一時的なもので
時間が出来た瞬間、
またパチンコ屋に
行ってしまうだろう。

海外にでも出稼ぎにいくしかない。

私のように、素人が治せるものでは
ないのかもしれない。

現に私は失敗した(笑)

敏行(仮)のパチンコ依存を
治すどころか
一緒にハマってしまったのである。

 

 

最後に・・・

敏行(仮)とは、全然連絡を
とっていない。

最後に電話があったのは
6年くらい前かな。

相変わらず、仕事もしていない
と言っていた。

多分、年金や保険も
未納だろうなあ。

働かないし、動かず
パチンコばかりしているので
すごい太ったらしい。

辛い末路である。